建物の絵を掲げ建物の前に立つ大西信之氏、画家。反芻される構図とモノクロームな色彩は、80年の時を経て色褪せた九段下ビルの色彩に妙にマッチして見える。グレイの防護ネットの内側の、グレイな謎をそのままに。

廃墟系建築物としての認知度が高く、見物人や撮影者が後を絶たない。九段下ビルは建築史上、その重要性についてあまり取り上げられて来なかった。しかし、昭和の名建築が惜しまれながら解体されていく中、現役使用中の九段下ビルの素っ気ない魅力について、もう少し語ってみてもよいと思う。
この建物は関東大震災復興事業の一環として助成会社の超低利融資を受け、被災した商家が小路を挟んで共同建築化したもので、出資額に応じて占有スパンが決定されていた。その形態は今で言うコーポラティブ方式で、当時実現に至った唯一の建物であり、完成は1927年、同潤会アパートとほぼ同時期である。このような特徴を備えた建物が今日まで生き残ることができたのは、バブル崩壊で開発計画が宙に浮いたこと、縦割の所有権で賃貸を含むなど個々の所有形態が複雑化していることにも関係があるようだ。

賃貸なるか、検証不動産。

その複雑化したグレイな部分に、私は部屋を借りてみることに決めていた。
『現状渡し、修繕なし』⇔『自費改造、家賃相殺、期限付』
2007年8月の酷く暑い日、私は10年近く封印状態だった3階部分の一角の鍵を預かった。探偵部屋のような小室が3つ、短い廊下で束ねられている。これから一定期間、ここに身を置き、場所の整備とプロモーション活動を行う。「九段下ビルの最終的使い道を検証する」「必要とする人に場所を提供する」これが私の仕事である。古い物件は制約があるからこそ逆説的に面白い。期限付き物件の最後の場面に関わることも面白いのではないかと思っている。

「自分は画家だ。この建物を残していくために自分ができることは絵を描くことだ。」絵の中の九段下ビルは竣工当時の看板が再現され、屋上にはフラッグがはためいている。
「お互い、いい仕事しましょう。」九段下ビル1階に住み、長年九段下ビルと人を結び付けてきた画家はそう言って、このプロジェクトの旗印を手渡してくれた。

物件データ&ロケーション
当サイト内全ての記事、写真、画像の転載・引用を禁じます。
自身が撮影した「九段下テラス」内観写真を掲載するときは必ずメールにてご連絡ください。
取材、その他のお問合せはこちらからお願いします。

2007 Ryouiki tansa Deseign